2020年は、3月の高校選抜に始まり、6月のユースチャンピオンシップ、8月のインターハイなど高校生が目標としている大会のほとんどが新型コロナ感染拡大のため軒並み中止になった。
そんな中で、6月2日にリモートで行われた日本体操協会の理事会で「男子新体操オンライン選手権」の開催が承認された。各大会の中止を受けて、男子新体操ではOB達を中心に様々なオンラインイベントが企画されていたが、その流れの中で、本丸である日本体操協会が主催しての「オンライン選手権開催」は、かなりのインパクトだった。
これが実現したのは、男子新体操が日本発祥で現時点では国際化されていないスポーツで、競技人口(体操協会選手登録数)も1500人程度といういう「所帯の小さい競技」だったことが大きいと思う。
出場者を募集して、対応しきれないほど多くの応募はないことが予想でき、参加対象となるジュニアクラブ、高校とも指導者同士の距離感も近く、新しい試みに対する協力体制がとりやすいことも期待できた。
果たしてふたを開けてみると、ジュニア部門14チーム、高校部門22チームの申し込みがあった。決勝に進めるのはジュニア10チーム、高校20チームなので、初の試みとしては上出来だったと言えるだろう。
「オンライン選手権」の開催が決定した6月2日は、例年なら各地でのブロック大会がほぼ終わり、インターハイ出場チームが決まる時期だった。(注:男子新体操のインターハイ出場枠は1県1校ではなく、ブロックに対して振り分けられているため、代表はブロック大会で決まる)インターハイ出場を決めた学校は、ここから2か月が真剣勝負となり、インターハイ出場を逃したチーム、選手たちは、引退したり次の年に向けて新チーム作りに取り組み始める時期だ。
インターハイが中止、ブロック大会も中止になり目標を失いかけていた高校生にとってはオンライン選手権の開催は福音だったはずだ。2019年インターハイの優勝校・井原高校(岡山県)、準優勝校・青森山田高校(青森県)をはじめ、神埼清明高校(佐賀県)、小林秀峰高校(宮崎県)、恵庭南高校(北海道)、盛岡市立高校(岩手県)と昨年のTOP6が揃った。
各校から送られた動画による予選では、青森山田が1位通過。以下、小林秀峰、盛岡市立、神埼清明に続き、宮城県名取高校(宮城県)が5位に入った。前年度インハイチャンピオンの井原高校が選手の怪我のため棄権となってしまったのは残念だったが、予選の段階でも各校、緊急事態宣言時には練習自粛期間もあったことを考えれば、よくぞここに間に合わせきたと予選の段階でも思える演技だった。
しかも、予選動画の締め切りだった8月16日から、決勝の行われた9月12〜13日までの1か月弱で、どのチームも凄まじくクオリティーを上げてきた。今回のオンライン選手権には「全日本選手権出場権」などは懸かっておらず、満場の観客の前で演技して拍手喝采を浴びられるわけではなかった。一年で一番暑い時期に、マスクをして、消毒も欠かさずといったコロナ対策をとりながら練習を積むことは難儀だったに違いないが、出場チームはそれをやってきたのだ、証明する演技を彼らは見せてくれた。各校の練習場所からのオンライン中継というかつてない条件下でも、しっかりと力を発揮し、オンラインではあっても男子新体操の魅力を多くの人々に伝えた。とくに上位5校の演技は、スマホやパソコンの画面からでもその迫力が伝わってきた。
また、この大会では、オンラインでも演技の良さが十分伝えられるということだけでなく、出場者も大会らしい緊張感を得られ、その緊張感は視聴者にも伝わることを実感することができた。
私は、決勝の日、芦北高校(熊本県)が演技を行った水俣高校の体育館にいた。この日、芦北高校の出番は4番目と早かったが、大会が始まってから出番まで、選手たちも会場で見守っていた保護者やジュニア選手たちも徐々に緊張が高まっていき、出番直前には本当に大会会場にいるかのような静寂があった。演技中は会場中が手に汗握って見守り、終わってからは充実感に溢れた選手たちの顔を見ることができた。
そして、芦北高校はフロアマットなしの学校の教室で撮影した動画で挑んだ予選から大きく点数を伸ばし、試技順10番の島田工業高校(静岡県)に抜かれるまではトップだった。その後、続々と強豪校が登場し、最終順位は10位だったが、予選通過順位が16位だったことを思えば大躍進だ。
この演技を終えてから、最終順位が決まるまでの間、会場にいた保護者たちは、ずっとオンライン選手権の配信を気にしていた。ずっと画面を見ている人もいれば、時々様子を見に来て「今、何位?」と確認している人もいた。この間のこのドキドキ感は、リアル大会となんら変わりなかった。
芦北高校は、7月4日の水害で大きな被害を受け、これがリアル大会であればおそらく出場は難しかっただろう。練習もできなければ遠征できるような余裕はなかったからだ。しかし、オンラインだったから、「せめて予選だけでも」と動画を撮ることができた。万全の演技ではなかったが、参加はしたいという選手たちの意思に牛迫監督が背中を押されての参加だったと聞く。決勝進出が決まってからは、自宅が被災していた選手も家族が新体操を優先させてくれたという。だからこそ、ここまで構成と実施を上げることができ、10位まで順位を上げることができたのだ。
これは、芦北高校の選手たちの頑張りあってこそだが、「オンライン選手権」という参加のハードルが低い大会があったからと言える。
コロナ禍だから生まれた大会ではあったが、結果的には様々な事情で出場が難しいチームの救済にもなり、大きな可能性を示すことになった。
また、このオンライン選手権に出場したチームの中から、名取高校、光明学園相模原高校(神奈川県)、埼玉栄高校(埼玉県)、前橋工業高校(群馬県)、鹿児島実業高校(鹿児島県)、阿久比高校(愛知県)が9月の岐阜フェスタに出場し、そこで全日本選手権の出場権を獲得した。岐阜フェスタで出場権を獲得した上位9チーム中、6チームがオンライン選手権出場校だったのだ。
ほとんどの大会が中止になった今年、全日本選手権への唯一の道だった岐阜フェスタに向けてのステップボードとしても、オンライン選手権は機能していたように思う。
なによりも、「オンラインでも大会ができる!」 「オンライン大会でも充実感、達成感を得られる!」ということを示すことができたこと。それが大きな功績だった。
もう少しで2020年は終わるが、年が変わったからといきなり新型コロナの脅威がなくなるわけではない。
2021年の大会が今まで通りにできるという保証もどこにもない。
しかし、もしも2021年にもまたリアル大会が開催できないような事態になったとしても、今度はただの中止にしなくてもいい。オンラインという選択肢があると、この大会を通じて、女子の新体操や他の競技の関係者にも感じてもらえたのではないだろうか。